みたさよこ・1969年神奈川県生まれ。92年、慶應義塾大学法学部卒業後、アナウンサーとしてテレビ静岡に入社。報道、スポーツ、バラエティーなどあらゆる分野で活躍。96年、テレビ静岡を退社し、古舘プロジェクト所属に。スカパー!のプロレス・格闘技専門チャンネル「ファイティングTVサムライ」のプロレスキャスターを開局当時から務める。年間120大会以上を観戦・取材し、レポーターやMCのほか執筆でも活躍している。
もともとはニュースキャスター志望。プロレスは見たこともなかった
-女性プロレスキャスターは世界でも珍しいそうですね。三田さんがこの道に入ったきっかけは?
もともとはニュースキャスターになりたかったんです。新卒で静岡の民放テレビ局のアナウンサーになり、4年間報道からバラエティーまで幅広い番組を担当させていただいたのですが、やはり東京で報道の仕事に携わりたいなという思いがあってフリーになりました。その時に初めて頂いたレギュラーの仕事が、開局したばかりのプロレス・格闘技専門チャンネルのキャスターだったんです。
-当時、プロレスの知識はあったのでしょうか?
ゼロです。たまたま古舘伊知郎さんの事務所に所属していて、「古舘さんの事務所なら、プロレスに詳しく、ニュースも読める人材がいるだろう」ということで声がかかり、平日夜のプロレスニュース番組に採用していただいたのですが、プロレスはテレビの試合を見たことすらありませんでした。でも、無名の自分をレギュラーで使っていただけるなんてとありがたかったですし、とにかく仕事をしないと食べていけない。ご縁があって声をかけていただいたのだから、それを一生懸命やって経験を積み、いずれは政治や社会情勢の報道に携われるよう頑張ろうと思っていました。
「受験勉強みたいにプロレスを見ている」と言われ、ハッとした
-有料チャンネルの契約をするほどのプロレスファンが視聴者ですから、最初は大変だったでしょうね。
インターネットもまだ普及していない時代でしたから、プロレス関連の本や雑誌を読みあさる一方で、ありとあらゆる団体の試合を見に行くという日々でした。「この人は全然わかっていない」と思われるのが悔しくて、必死でプロレスや格闘技の知識を詰め込み、知ったかぶりをするわけです(笑)。ところが、蓄積がないから、浅はかさがどうしてもバレてしまう。ある方から「三田さんは受験勉強をするみたいにプロレスを見ていますよね」と言われて、ハッとしました。その方自身は重い意味を込めておっしゃったわけではないのですが、肩に力を入れすぎていた自分に気づいたんです。視聴者の方々に「このキャスター、いっぱいいっぱいだな」と思わせてしまったら、プロレスを楽しんで見ていただけない。このままではいけないなと思いましたが、知識や経験は急に身につくものではないですから、もどかしかったです。
ただ、私は非常に恵まれていて、皆さんからいろいろなことを教えていただけました。中でもお世話になったのが、プロレス評論家の故・菊池孝さんです。プロレスの取材現場にいるのはほとんどが男性ですから、そこに「何もわからずウロウロしている女の子」がいるということで見かねたんでしょうね。「一緒に試合を見ませんか」と声をかけてくださいました。それで、緊張に震えながらも隣で観戦させていただくうちに、選手の間で「あの子は誰だろう?」ということになって。菊池さんが私のことを紹介してくださったおかげでプロレスラーの皆さんから信頼を得ることができたんです。
菊池さんをはじめ諸先輩方と試合帰りに「ちょっと飲もうか」ということもよくありました。そういう時に試合について皆さんの意見をうかがってみると、自分と同じこともあれば、違う側面を見ていらっしゃる方もいる。さまざまな視点を学ぶと同時に、プロレスというのはいろいろな見方があっていいんだなと知り、プロレスを見ることが楽しくなっていきました。
「プロレス」が負けた日、この世界でやっていく覚悟がすわった
-三田さんがプロレスキャスターになった当時は、総合格闘技やK-1などの格闘技に押され、プロレスの人気が陰りはじめたころでしたね。
プロレスキャスターになって1年がたったころ、総合格闘技イベント「PRIDE(プライド)」が日本で初めて行われました。プロレスラーで当時最強とされていた高田延彦選手とブラジル人柔術家のヒクソン・グレイシー選手が戦って高田選手があっけなく敗れ、多くのプロレスファンが悲嘆にくれたイベントです。私もその場にいて、試合後、とぼとぼと駅に向かっていたんですね。すると、ひとりの男性から「三田さん、これからも一緒にプロレスを応援していきましょうね」と声をかけられ、見知らぬ人と手と手を取り合って語り合ったんです。もう、泣きそうな勢いで。
その時に初めて、高田選手の敗戦に自分がものすごくショックを受けていることに気づきました。そして、いつの間にか自分がプロレスを大好きになっていたことを自覚し、覚悟のようなものが芽生えました。プロレスが総合格闘技に負けて悔しいけれど、これからもプロレスは続いていく。自分と一緒にプロレスを応援し続けるファンがいる限り、私はプロレスというものを追い続け、ちゃんと自分のものにして、皆さんに伝えていきたい。そう強く思ったんです。
後編では三田さんがプロのキャスターとして大切にしてきたこと、やりがいについてお話しいただきます!
→次回へ続く
(後編 8月3日更新予定)
INFORMATION
著書『プロレスという生き方 平成のリングの主役たち』(中公新書ラクレ/定価:840円+税)では、最近のプロレス人気の中心となっている新日本プロレスや全日本プロレスといったメジャー団体はもちろん、インディー団体や女子プロレスまでさまざまな団体を取り上げている。人気選手だけでなく、若手選手、レフェリーの生きざまや思い、プロレスメディアの取り組みについてもつづられており、プロレスを愛するあらゆる人たちの「仕事論」としても読める。
取材・文/泉 彩子 撮影/刑部友康