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【前編】片桐 はいり

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かたぎりはいり・1963年、東京都生まれ。成蹊大学在学中に小劇団に入団。94年、舞台、一人芝居、映画、テレビなどで幅広く活躍。2006年の映画『かもめ食堂』、NHK連続テレビ小説『あまちゃん』(13年)の通称あんべちゃん役などで話題に。近年のおもな出演作にはNHK連続テレビ小説『とと姉ちゃん』(16年)、映画『シン・ゴジラ』(16年)、映画&舞台『小野寺の弟・小野寺の姉』(13年)などがある。執筆活動も行っており、著書に『わたしのマトカ』『グアテマラの弟』『もぎりよ今夜も有難う』がある。

評価をすごく気にして、階段を上り詰めていくことに達成感を得ていた

-俳優さんになりたいと思われたきっかけは?

俳優になれるなんて思ってなかったんですよ。映画を見るのが好きで好きでたまらなくて、学生時代は映画館でもぎりのアルバイトをしていまして。「卒業後も映画館で働けたら、幸せだな」と思っていました。ただ、表現欲求というんですか、「違う人生を生きる」みたいなことをやってみたいという気持ちがあって、劇団に入ったんです。「1回だけやらせてみてよ」というような感じでしたね。ところが、何本か舞台に立つうちに「ミスタードーナツ」のCMに出ることになり、それをきっかけに映画やテレビの仕事にも声をかけていただくようになりました。最初に映画に出られると聞いた時はうれしかったですね。でも、撮影現場に入ってショックを受けました。さっきまでラブシーンを演じていた俳優さんたちが「カット」の声がかかったとたん、別の控え室に帰っていく。映画というのは私にとって夢の世界なのに、裏側なんて見たくなくて。若いころは映画の仕事に積極的にはなれませんでした。一方、舞台には映画に対するような私的な思い入れがなかった分、仕事としてのめりこんでいった気がします。

 

-「仕事として」とは?

やりたいことをやるというよりは、「誰かに見られる」ということを常に意識していました。仕事をする上ではそれも大事なことだと思うのですが、過剰だったかもしれません。評価をすごく気にしていて、階段を上り詰めていくことに達成感を得る感じ。欲望でギラギラしていて、「見たことのない景色が見たい」とか「誰もやっていないことをやりたい」とか、そんなことばかり言っていました。より高い評価を得るために「これをしなければ」「あれをしなければ」と思っていて、誰とどんな作品をやるにしても「意地でも自分のものにしなければ」と必死でしたね。エゴが大きくて、世の中を自分の力で何とかできると思っていました。「自分の力だけでは世の中は動かせないんだよ」というのが今の心境ですけど。

相手をねじ伏せることをやめたら、可能性が広がっていった

-ご心境が変化したきっかけは?

仕事にのめり込みすぎて、40歳を過ぎてから体に影響が出始めたんです。ひとつ仕事をしたら、ひとつ骨がおかしくなるとか、ひとつ臓器をダメにするくらいの勢いでやっていたら、しまいには『鶴の恩返し』の鶴の羽がすべてむしり取られたような状態になって。ちょうど両親が亡くなったり、東日本大震災もあってどん底まで落ち込み、ようやく「自分の体をそんなふうに扱ってはいけない」と気づいたんです。それで、無理をしなくなったら、何て言うんだろう、とてもラクで生きやすくなりました。以前は「私はこうしたいんです」みたいなことで相手をねじ伏せようとして、人とぶつかることも多かったんですね。でも、ストンとありのままの自分で現場にいて、「何でもやりますよ」というスタンスでいたら、相手にも割と受け入れられやすくなって。これまでやったことがないような仕事を「やってみませんか?」と声をかけられることも増えて、「幸せだなあ」と思ったりしています。

 

「自分を立ち止まらせてくれるもの」って、実は得難い

-肩の力を入れ過ぎないことも大事なんですね。

そう思います。ただ、若い人をつかまえて「自分に無理することないよ」というようなことは言えないです。生まれつきの性格がありますから、周りがいくら言っても、頑張り過ぎちゃうのは仕方ない。「この演劇界を私が変えてやる!」というくらいの勢いで仕事に向かっていた自分を振り返ると「若かったなあ」としか言えませんが、そういう時期があったからこそ、今があります。よく「やりたいことを仕事に」とか「仕事を楽しむ」なんて言いますが、やりたいことと仕事の折り合いがつくには時間がかかるし、できるなんて思うとかえって苦しむんじゃないかな。「仕事を楽しまなければいけない病」みたいなものには注意した方がいいかもしれません。

 

それから、壁にぶつかった時というのは苦しいけれど、自分を立ち止まらせてくれて、いろいろなことに気づかせてくれるものって、実は得難いなと思いますね。「ありがとうよ。あの時私を地獄に落としてくれて」と言いたい気持ち。もちろん、渦中は「すがる腕をひきはがすようなことを、よくもしてくれたわね」と醜い気持ちしかないですけど(笑)。つらくて、二度と立ち直れないようなことが起きても、「これが私を休ませてくれているんだ」「立ち止まらせてくれているんだ」という感覚が持てたら、ぽっきり折れてしまうことを回避できるんじゃないかなと思います。

 

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後編では、片桐さんがなぜ「ほかの人にはできない仕事」をできるのかに迫ります。

→次回へ続く

(後編 9月28日更新予定)

 

INFORMATION

片桐さんが出演する舞台『あの大鴉(がらす)、さえも』が2016年9月30日(金)から10月20日(木)まで東京芸術劇場シアターイーストで上演される。同作はマルセル・デュシャンの未完のオブジェ『彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも』に触発された脚本家・竹内銃一郎さんによって、1980年に書き下ろされた戯曲。3人の男が舞台上には存在しないガラスを運んでいるという設定だけで展開するナンセンスコメディーを、今回は小林聡美、片桐はいり、藤田桃子の女優3人が演じる。なお、同公演は水戸芸術館ACM劇場、三重県文化会館、愛知芸術文化センター小ホール、大阪・ABCホールでも上演される。

 

■東京公演に関するお問い合わせ

東京芸術劇場ボックスオフィス 電話:0570-010-296(休館日を除く10時〜19時)
http://www.geigeki.jp/

 

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取材・文/泉 彩子 撮影/刑部友康


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